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talk | 2018.2.18

おおたとしまさ氏が語るAO入試の未来

おおたとしまさ氏インタビュー

 

 

こんにちは、aoiです!

今回は、AO入試の未来を共に考えていくべく、教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏にインタビューして参りました!

 

おおたさんは、「なぜ、東大生の3人に1人が公文式なのか」をはじめとする教育関係の著書を多数執筆されています。

 

この記事では、おおたさんにざっくばらんにAO入試の未来について、大学受験の未来について、語っていただきました。それではご覧ください!

 

 

 

おおたとしまさ氏プロフィール

 

 

教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。教育や育児の現場を丹念に取材し、斬新な切り口で考察する筆致に定評がある。心理カウンセラーの資格、中高教員免許をもち、私立小学校での教員経験もある。著書は『ルポ塾歴社会』『名門校とは何か?』など50冊以上。

 

 

 


 

 

 

―現在、高校教育や大学入試には多くの問題を抱えていると言われています。そこで、おおたさんは、日本の高校教育および大学入試はどのように変わるべきだとお考えですか?

 

 

2020年度には大学入試改革がなされます。今の高校教育や大学入試は、問題が山積みなので、どのように変わるべきか、という意見は簡単には言えるものではありません。そこであえて思考実験的に極論を述べさせてもらえば、学習指導要領と検定教科書、センター試験の3つを廃止すべきだと考えています。

 

 

―なぜその3つを廃止すべきだと考えるのですか?

 

 

アメリカの大学を例にとってみれば、わかりやすいと思います。アメリカでは、大学がアドミッションオフィスを持っていて、それぞれ独自の価値観に基づいて入試が行われています。つまり、大学側が欲しい人材を自由に選抜できる、ということです。

しかし、日本ではどうでしょうか? 日本の大学では、ほとんどアドミッションオフィスが存在せず、教員が大学入試の採点などをしています。また、日本の大学入試では、学習指導要領の範囲外からは出題が許されません。言い換えれば、検定教科書の範囲外からは出題されないということです。これでは、大学が独自の入試を導入して、欲しい人材を自由に選抜することはできないと言えるでしょう。

 

2020年度から実施される予定の大学入学共通テスト(現・センター試験)も複数回受験が当面見送りとなりました。最大の理由は学習指導要領の範囲が終わらないからです。このように、日本の高校教育および大学入試では、学習指導要領と検定教科書、入試問題が密接に絡み合いすぎていて、各大学による自由な選抜を阻害する要因となっていると考えています。

 

―わかりました。大学入試の自由度を阻害しているのが、その3つというのですね

 

 

はい。それらの存在をそのままにして、全国の大学で一律に入試制度を変えようと思っても無理です。逆に、東大と京大が全く違う試験範囲だったら面白いじゃないですか(笑)。東大は東大が欲しい人材を取り、京大は京大が欲しい人材を取る。大学が独自の基準で受験生を選抜すれば、日本の大学入試もより多様化し、大学の「あり方」も変わっていくと考えています。画一的な偏差値などの基準ではなく、大学独自の選抜ができる社会が理想だと考えています。現時点ではあまり現実的な案ではありませんが。

 

 

 

おおたとしまささんは、東大と京大が全く違う入試形態だったら面白い、と主張する

 

 

―ありがとうございます。今後は、AO入試にも学力が問われていく流れですが、おおたさんは、日本におけるAO入試はどのようにあるべきだと考えていますか? やはり学力を問うべきだと思いますか?

 

 

そもそも、AO入試においても、大学で学ぶに十分な基礎学力があるかを問うことは「当たり前」である、という認識を持っています。

日本におけるAO入試は、アメリカ型の入試を導入し、多様な人材を大学が獲得したいという意図で始められたものだと思います。アメリカの大学入試は、学力に加え、実績や、エッセイ、面接などが求められます。それらがもともと一つのセットだったわけです。しかし、日本に導入するときに、学力を切り離してしまった、ここに間違いがあると思います。「実績やエッセイ、面接」だけで合格する入試システムを日本の大学は作り出してしまったわけです。もともと一つだったものを切り離してしまえば、あらゆる問題が噴出してくるのは当然です。

 

ですから私は、「AO入試に学力を導入すべき」という意見ではなく、「そもそもAO入試に学力が問われるのは当たり前」という意見を持っています。AO入試に学力が問われるのは「前提」であるという認識です。

 

もちろん、学力が導入されても完全な入試とは言えないのは事実です。アメリカでも、大金持ちの子供がフィリピンに行ってゴミ山に登って写真を撮るだけで「フィリピンでゴミ問題のボランティアをしていました」という事実を捏造している場合があるそうです。

 

―日本でも同様の問題が起こっています。

 

そうですね。その意味で、AO入試対策塾は、自分たちの存在意義や、やるべきことを、社会倫理に照らし合わせて見定める必要があると思います。「そもそもAO入試って対策するものなんですか?」という疑問があります。相手に伝わりやすいように小論文や志望動機書の書き方をアドバイスするというのはわかりますが、自分を大きく見せる方法を教えたり、AO入試のネタ作りためにボランティア活動をさせたりというのは教育とは言えないでしょう。

 

一自戒として受け取らせていただきます。最後に一つ質問をさせてください。おおたさんの著書では、受験のみならず、子供にとっての本質的な学びを重視しているように思えます。子供にとっての本質的な学びとは何だとお考えですか?

 

 

そもそも、前提として、子供にとって、不必要な体験は何もないと考えています。受験に落ちる経験をすることや、失恋すること、尊敬する先生に出会うこと、尊敬できない先生に出会うことなど、全ての経験が学びになります。

 

 

 

 

 

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おおたとしまささん、インタビューにお答えいただきありがとうございました!

 

おおたさんの言葉を胸に、我々aoiでも教育のあるべき姿を模索していきたいと考えています。

河守晃芳

河守晃芳

aoi京都校舎長兼、マーケティング部長。趣味は文章執筆で、最近はよくブログを書いている。ブログはhttp://aki442.hatenablog.com/

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